
2020年08月20日 / BLOG
こんにちは。公認会計士の金森俊亮です。前回までで、公認会計士講座の入学と初期について書きました。
本日は、大学4年生時について書きます。と言っても私は、大学3年生までで単位はほぼ取り終わっていましたので
最後の一年はほとんどを公認会計士試験の勉強に充てていました。
目次
会計士講座は5月から開始しました。最初は財務諸表論と管理会計の講義が中心です。また、毎回の確認テストもありました。
初期の講義の内容は日商1級の勉強で既に1回やっている内容だったので、いい復習になったのを覚えています。そして、テストも毎回、いい点数を取れていました。そのため、講義に関しては非常に順調に進んでいました。
また、6月には日商1級のテストがありました。これも受けました。実は結果としては落ちてしまいました。
工業簿記において、回答欄を左右誤って書いてしまい、結果として工業簿記は9点となってしまい、合計点は70点を超えていたのですが、足切り不合格になってしまいました。。。
ただ、ここで勉強になったのが、ケアレスミスをするというのは、問題を解いている時に余裕がなく、見直しをできていないからであり、実は実力不足なんだということです。
これは、公認会計士試験を受ける時にも教訓になりました。
いよいよ会計学以外の科目が始まりました。監査論、企業法、経営学、租税法です。
私は、簿記ばかりやっていたので、計算科目は得意でした。そのため、租税法は最初から得意で、点数を伸ばすことができました。経営学もファイナンスを簿記1級の管理会計で少しやっていたため、苦労はそこまでしなかったです。
一方で監査論、企業法は未知の領域で、非常に苦労しました。
しかしながら、そこは毎日やっていくことで、実力をつけていました。具体的には、テキストを何回転もさせて、基礎を固めていました。
私は、大学浪人していた際に、自身の暗記はひたすら紙に書いて覚えていくタイプの人間だとわかっていたので、公認会計士の勉強の際も愚直にやり続けていました。
この時期から色々な科目で答練が始まります。
1日、2つは答練を受けていたと思います。受け終わったら、ひたすら復習です。
計算問題はそこそこ取れるのですが、理論の論述は全くと言っていいほどできていませんでした。そのため、模範解答を写経したり、定義を書きまくって覚えたりしていました。
また、予備校とは別に、大学では卒業論文を提出しないといけません。私の所属するゼミは、教職系のゼミだったのですが、先生が柔軟に対応してくれる方でしたので、会計士試験で培った知識で論文を提出しました。確か企業法絡みだったと思います。
そんなこんなで、大学4年生は勉強しつつ、大学を卒業しました。卒業旅行にも行かずにひたすら勉強をしていた1年でした。
本日も長くなりましたので、以上になります。
大学4年生の時は卒業旅行にも行かずに、ひたすら勉強ばかりしていました。毎日8時~21時まで予備校の机に噛り付いていました。
あまり大学生生活を謳歌したとは言えないかもしれませんが、この時の経験とそれに裏付けされた自信は、今の自分の根幹を成しています。
次回は、いよいよ大学も卒業し、無職専念で迎える会計士試験編です。それでは次回の記事でお会いしましょう。
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